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備前・旭川の憂鬱 (「ススキ」17-52) [日記・雑感]

7-8年前、御殿場から〝乙女峠〟箱根〝仙石原〟経由〝江の島〟へドライブしました。

全くの偶然でしたが、箱根〝仙石原〟のススキの「 the best season 」に当たりました。一面の銀世界、今でもこの季節になりますと思い出します。

ススキと云えば、三重県・曽爾高原も素晴らしいと思います。途中〝柱状節理〟の断崖絶壁の谷を通りますので、ドライブコースには最適と思います。

まあそんな訳でして近くのススキを見に出かけました。曇っていたのと、ススキの白銀には少し早かったのか、期待した「白さ」はなかったです。


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来週辺りは〝白銀のススキ〟になると思います。その昔、秋の日本の景色から〝ススキ〟は消える〝セイタカアワダチソウ〟に席巻される、ことはなかったようです。






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備前・旭川の憂鬱 (「ジャガイモ」17-51) [日記・雑感]

「ジャガイモ」を頂きました。なんと〝4種類〟だそうです。

・よく知られた「男爵」
・シャドークイーン
・レッドムーン
・中まで赤いノーザンルビー

我が家に到着した時は、真っ黒い土が付いていました。明らかにこの辺りの土壌とは異なります。

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反対側からは

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ポール・セザンヌの絵画のような「フォト」にしたかったのですが、腕が今〝三〟でした。あとは食べてのお楽しみです。



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備前・旭川の憂鬱 (「ラスベガス銃乱射事件」17-50) [日記・雑感]

先日、またしてもアメリカで「銃乱射事件」があり、多数の死傷者が出ました。日本人からすればさっさと〝銃規制〟をすればいいではないか!?と単純に思います。

昔から同じ銃乱射事件が継続して発生していますが、一向に銃規制の「法令化」の気配がありません。一部の銃規制の活動家や芸能人が事件の度に声を上げていますが〝なしのつぶて〟です。

ここ10年間で10人以上の死者の発生した「銃乱射事件」をピックアップして見ました。

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「銃規制」ができない理由は、銃愛好家による市民団体で、事実上の圧力団体である「全米ライフル協会:NRA」の存在だけではありません。アメリカ合衆国の建国にまで遡るようです。よく知られているように、アメリカ国民が銃を持つ根拠となっているのが〝合衆国憲法修正第2条〟でして、「規律ある民兵は自由な国家の安全保障にとって必要であるから、国民が武器を保持する権利は侵してはならない」、と記されています。

アメリカ合衆国憲法制定 (1787) から4年後の1791年に追加された条項です。まだまだカーボーイがインディアンと戦って土地を開拓していた頃のお話しでしょう。この現実を現在でも当て嵌まるのか!?という疑問にかなり適格に説明している投稿をSNS上に見つけましたので、コピペします。


「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成29年(2017)10月5日(木曜日)
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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)ラスベガスで50人以上の人がまたもや銃の乱射で亡くなったと日本のスコミでも報じています。
3日のNHKテレビではキャスターが「なぜこれほど銃の被害が出ているのにアメリカと言う国は憲法が認めているからと言って、銃の規制をしないのでしょう」といかにも非難めいた口調で報じていました。
実は私もズーット同じように考えていて、アメリカと言う国はなんと暴力的な国だといった感じも懐いていました。
 しかし私が仕事でアメリカに何年か生活した経験ですが、日本でソウ思っていたことは間違いだと思うようになりました。やはりアメリカは日本より圧倒的に広く、人がほとんどいない地域ばかりです。
そこを一人で歩いたりしていて、見知らぬ人に出会うととても怖いのです。おそらく相手もそうなんだと思います。何しろ顔つきがいかにも緊張しているといったふうで互いに行き交うのですから。
まさに荒野で銃を持った男がほかの見知らぬ男に出合う映画のシーン、相手が襲ってくるか来ないのかの緊張するシーンと同じです。
そして互いに「こんにちわ」とか声をかけたり、笑顔で会釈したりするとほっとしたものです。ましてや人里離れた真っ暗な場所(このような場所が日本とは違いやたらに多いのです)に住むことになったら、其れこそ夜などはいつだれが襲ってくるかわからないといった恐怖の念に駆られるのです。
そして「あーそうだったのか!」と日本で感じていたことの軽佻さを恥じたものです。
 つまり安易にそして無責任に「銃規制をすべし」などと環境の全く異なる国に住む人間が、他国の人の生活環境に関して非難めいたことをいうのは間違いなのです。
私は日本のマスコミ人に言いたいのです。
「それならあなたたちもアメリカに行って郊外を散歩でもするなり、人があまりいない地域でしばらく生活をしてみてはどうですか?」と。きっと彼らも気が変わり、銃も必要だと思うようになること請け合いです。(SSA生)


実は筆者も1982年に初めてアメリカへ海外出張に行きました。ワシントンDCの公衆トイレで用を足していました。するとゴッツイ長身の警察官が2人がトイレに入ってきまして、筆者の両側で用を足し始めました。腰には「銃」が見えました。あの時の緊張感・圧迫感は今でも思い出します。


〝合衆国憲法修正第2条〟の修正、銃規制法案は〝日本国憲法〟の改正より困難ではないかと思います。





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備前・旭川の憂鬱 (「クルド人」17-49) [日記・雑感]

「クルド人」と言われても、ほとんどの日本人にはピンときません。それどころか考える起点さえありません。

ごく最近その「クルド人」がイラクからの独立の可否を問う「国民投票」を実施しと報道されています。

「クルド人」とは、イラク、イラン、トルコ、シリア、アルメニア、の5ヵ国の国境にまたがる山岳地帯に住み、クルド語を話す民族のことを言いまして、この地域を中心に世界各国に在留しています。「居住地図」と「国別居住人口」をご覧ください。

日本にも2,000人いらっしゃいます。ヘーエという感じですが...

クルド人居住地区up.jpg



クルド人分布up.jpg



筆者は1991年「湾岸戦争」勃発の年、欧州出張となりましたが、その時貴重な経験をしました。「湾岸戦争」で拘束されていたイラクの日本人学校の生徒達が解放され、フランクフルト経由で帰国したのですが、筆者も同便で欧州出張の帰国をしたのでした。

その時の出張経緯を以下のblogにupしています。面倒ですが参照ください。
http://ironbridge-uk.blog.so-net.ne.jp/2014-05-09
http://ironbridge-uk.blog.so-net.ne.jp/2014-05-12

イラクの国内は、①スンニ派、②シーア派、そして③クルド人、からなる国だと判りました。この時初めて「クルド人」を知りました。当時のイラクですが、不鮮明な漫画しか有りませんが大凡の棲み分けをご覧ください。

イラク居住棲み分けup.jpg



生半可な知識では以下の通りです。

第一次世界大戦前までは、クルド人のほとんどがオスマン帝国内に住んでいました。オスマン帝国っていうのは、オスマントルコともいいます。その名の通り、トルコ人の国家です。この頃、クルド人による民族運動が高まる時期もありましたが、オスマントルコが厳しい弾圧を行いました。

しかし、そのオスマン帝国も第一次世界大戦にて負けます。そして、1920年にオスマン帝国はセーブル条約というのを結びました。これは、オスマン帝国の領土の大半を連合国に分割するといった内容です。その中にはクルド人国家の建設も明記されていました。

そのすぐ後の1922年にケマル・パシャという人がオスマン帝国を倒してトルコ共和国を建てます。それによってセーブル条約はなかったことにされてしまいます。これでクルド人国家の建設も白紙となりました。

「サンクス・ピコ協定」によって、第一次世界大戦の勝利国であるフランス、イギリス、ロシアによって恣意的に引かれた国境線は、クルド人をトルコ、イラク、イラン、シリアなどに分断されることになりました。


〝イラクのクルド自治区で9月25日に実施された、イラクからの独立の是非を問う住民投票で、クルド自治政府は9月27日、賛成票は92.73%を占めた。投票率は72.61%でした〟との開票結果が発表されました。

サダム・フセイン時代、クルド人は弾圧されましたが、逆にアメリカが支援していたそうです。イラク国内のクルド人は事実上の独立地域:クルディスタン地域であり、油田を抑えてパイプラインがトルコに繋がっているため収入はありました。ですから現在でも強気の「国民投票」が可能な訳です。

クルディスタン地域は、イラクの北部に設けられたクルド人の自治地域です。その概要は以下の通りです。

首都: アルビール
面積: 40,640 km²
人口: 835万 (2013年)
大統領: マスウード・バルザーニ
政体: 議院内閣制
公用語: クルド語、 アラビア語

この中東地区は歴史、政治、人種、言語、部族等、大変複雑でして専門家でもない筆者の手に負えるようなモノではありません。ですからこれ以上「恥」を糊塗することは止めます。

興味のある方は「『世界の紛争がよくわかる本』毎日新聞外信部」や「酒井啓子『イラクとアメリカ』岩波新書2002」をお勧めします。

イラクのクルド人居住地区:自治区は石油が有りますので、今後とも国際情勢に大きく左右されることになります。(無責任な発言で御免なさい!)


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備前・旭川の憂鬱 (「夕方の旭川(あさひがわ)」17-48) [日記・雑感]

天気がいいのと、用事が一段落。リフレッシュ・ウオークで岡山市街の旭川(あさひがわ)右岸を少し散策しました。

堤防道路に上がり川面を見ると、なんとなんと〝白鳥〟の〝つがい〟が仲良く!?およいでいました。

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少し北の方向へ歩くと、川の中の小島に多分〝ゴイサギ〟と思われる水鳥が夕食を狙っていました。

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その近辺には〝コサギ〟が4羽、見事に等間隔で並んでいました。彼ら(彼女ら)も夕食を狙っているのでしょう。※U3さんのご指摘でシラサギを〝コサギ〟に修正します。

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北側を望むと山陽本線の〝旭川(あさひがわ)鉄橋〟が見えます。さすがに頻繁に電車や貨物列車が通過します。さらに北には新幹線が見えます。筆者は「てっちゃん」ではありませんが、適当に7‐8本、撮影してみました。

ポケモンの電車をご覧ください。何ともカッポイところが良いでしょう!

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本当に引切り無しに貨物列車が通過します。22両から26両連結した貨物を牽引する見飽きた機関車「桃太郎」です。

チャイナの李克強さんではありませんが、この貨物列車の本数が減少したり、コンテナーの積載率が悪くなると〝景気〟が悪くなったと見るべきでしょう。本日の数本を見る限り80%以上の積載率に見えました。

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帰り道、再び〝白鳥〟に出会いました。今年の彼岸花はお終いですね!

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備前・旭川の憂鬱 (「充電式電池」17-47) [日記・雑感]

ここに来て「EV:電気自動車」のお話しが活気づいています。なんだかんだと云っても「EV」は「電池」で動きますので、子供用のトミカのおもちゃと同じです。ちょっと言い過ぎではありますが...

B787が飛び始めて早々補助電源の「リチュームイオン電池」が焼けて大騒ぎになりました。過充電を制御する電子回路に問題がある事が判りました。またサムソン社製のスマホの「リチュームイオン電池」も航空機内や電車内で発火したりしています。

もっとも筆者のシャトル・ハイブリッド、5年前に購入の電池は「ニッケル水素電池」です。当時は技術的にもコスト的にも「リチュームイオン電池」は時期尚早だったのでしょう。

技術は犠牲を出しながら、それでも一歩一歩前進するのだと思います。


筆者は〝環境〟に特別の思い入れはありませんが、日本の文化である「もったいない」は常に心掛けているつもりです。勿論完璧ではありませんし、環境保護活動をされている方々からは噴飯ものと批判されかも知れません。

10数年前から筆者は「充電式電池」を使用しています。当時はあの〝三洋電機〟が「ニッケル水素電池」の充電式電池を商品名「ENELOOP」で販売していました。当時はSONYも販売していましたが、新幹線が大垣付近を走ると巨大なソーラーPVの展示を嫌というほど見せられていたせいで(笑) 「ENELOOP」に統一し使用してきました。

同じ「ニッケル水素電池」でも、ENELOOPの充電器でSONYは充電できません。逆もあります。当時は充電器の規格が統一されていなかったのでしょう。

最近はPanasonicブランドになっていまして、商品名「EVOLTA」です。この「EVOLTA」は旧「ENELOOP」の充電器で充電可能です。

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「ニッケル水素電池」の電圧は〝1.2 V〟でして、従来のアルカリ乾電池等は〝1.5 V〟です。これが意外に問題なのです。

筆者の電子辞書には、環境選定がありまして〝乾電池〟と〝充電地〟を選択するようになっています。購入当初この設定がある事を知りませんでした。その結果「充電池」を入れると、充電直後にも拘わらず電池の残量が75%程度を示しました。

「ニッケル水素電池」はやはり動力系の用途に向いています。子供のおもちゃには最適です。

時計には使用していません。なぜならば、取説に〝1.5 V〟を使用せよ!と記載されているからです。一度「充電池」を試してみようとは思っています。

「トイレ」や「人間感知センサー」は普通のアルカリ電池で5年程度は働きますので、高価な充電池を装着すべきか否か判断が必要です。

<追記>テレビ、オーディオ、エアコンのコントローラーは「充電池」で大丈夫です。


円筒状の一般的に家庭で使う電池は、夫々の用途で〝単一/単二/単三/単四〟と大きさが異なります。充電池は「単三」がほとんどです。ですが、庭の農薬散布機は「単一」、旧式のアナログ時計は「単二」、子供のおもちゃも「単二」が散見されます。この場合それぞれの大きさに合わせる「アダプター」が市販でありますので、これを購入するしかありません。

困るのが「単四」です。これに執着する場合、単独で「単四」の充電池を購入するしか、他に方法がありません。

ところがです。この「単四」は、蓄電容量が少なく、筆者の持っている「ENELOOP」は〝750 mAh〟です。

「単三」の蓄電池はフォトでもご覧いただけるように〝1,900 mAh〟です。ですから「単四」は場合によっては、アルカリ電池の方がコスパいいのでは、と思っています。


今後、自動車の動向が世の中の「蓄電池」の方向を決めそうです




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備前・旭川の憂鬱 (「初秋の岡山・西川緑道公園の続き(南側)」17-46)  [日記・雑感]

初秋の岡山・西川緑道公園:Nishigawa Canal Walk を、北の端から南へ桃太郎大通り(岡山駅前通り)を越えて少し歩いた所までを、当blog〝http://ironbridge-uk.blog.so-net.ne.jp/2017-09-03〟でご紹介しました。

今日9月21日(木)は午後時間が取れましたので、西川緑道公園の続きで〝南側〟を歩きました。大凡1kmです。ウォーキングにはもの足りませんが、散策でしたら丁度いい距離と思います。

今日は台風18号の残した湿気はとっても秋の爽やかさとは縁遠いものでして、少し歩くと汗ばむ陽気でした。

先ずは今日の出発地点です。尖がり屋根の建物は「交番」です。ここはJR岡山駅より後楽園方向、東側へ400mほどの地点です。

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ここから直ぐ南側に「桶屋橋」があります。この橋から下流の南側を見たフォトです。

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「桶屋橋」からさらに少し下った所に川に降りる少し広い石段があります。台風18号の影響で水が濁っています。通常は水も綺麗でして、コイや白鳥・アヒルの餌やりができます。

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この辺りは西川(にしがわ)散策のの中心でして、川辺にはストリート・ミュージシャンや素人・学生がパフォーマンスができるこじんまりとしたウッドステージが準備されています。

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本日歩く案内板をご覧ください。

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この案内板の向かい側辺りに、川の水流が直接当たらない〝くぼみ:凹〟があります。もっともこの西川(にしがわ)には、数ヵ所同様の〝くぼみ:凹〟が大小取り交ぜて準備されています。水が濁っていまして水中が見えませんが、黒色のコイが数匹確認できます。勿論、紅白のコイもいます。

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さらに南の方向に下りますと、川をまたいで西側に「下石井公園」があります。この辺りの西川(にしがわ)には東屋と川面を覆い渡ることのできる幅広の橋がダブルで格子状に配置してあります。東屋では暫くの休憩ができます。

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この「下石井公園」では毎年「おかやま国際音楽祭」が10月に開催されます。筆者のお気に入りは
〝ジャズ・アンダー・ザ・スカイ vol.6〟でして、今年は10月7日(土)17:00から〝ケイコ・リー/TOKU/SHANTI〟の方々の演奏が「タダ」で聞けます。毎年2,000人ほどが参加しています。

詳細はHPがありますので、linkを貼付しておきます。〝http://okayama-sc.jp/oimf/2017/

この辺りから下流方向、南側は岡山随一の夜の歓楽街です。その中心「田町橋」の辺りはさすがに彼岸でして〝彼岸花〟が咲いていました。

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さらに下りますと、フォトで確認頂けるような「岩と水流」のモニュメントがあります。最上段は散策路、直ぐ下は水路でして川へオーバーフローさせています。のんびり水の流れを見ると癒しになりますね。

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この下流に「ほたるのみち」があります。6月ごろには本当のホタルを見る事ができるそうです。筆者は未だ見ていません。

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雰囲気的にはホタルが出そうですね。この辺りで「西川緑道公園:Nishigawa Canal Walk」は終わりとなります。ここで旧国道2号線とクロスします。西川(にしがわ)はここで「ト字状」に二股に分かれます。直進側は「枝川」と呼んでいます。この枝川は西川(にしがわ)と同様、500mの間、散策可能です。その入り口のフォトをご覧下さい。

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岡山に観光や出張で来られた方々は「岡山・後楽園」だけでなく、是非「西川緑道公園:Nishigawa Canal Walk」を散策ください。




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備前・旭川の憂鬱 (「岡山県立記録資料館の活動」17-45) [日記・雑感]

1年以上前、当blogに「岡山県立記録資料館」の日常の活動をupしました。最近、またまた興味深い活動をされていまして、これに注目しました。

その前に「記録資料館」とは何ぞや!?チョット調べてみました。

<国立機関>
国立公文書館 - 1971年設立。
国立公文書館アジア歴史資料センター - 2001年設立。
防衛省防衛研究所図書館史料閲覧室 - 2001年設立。
外務省外交史料館 - 1971年設立。
国文学研究資料館アーカイブズ - 1951年設立。
宮内庁書陵部 - 1869年設立。

<都道府県公文書館>
北海道立文書館 - 1985年設立。
青森県公文書センター - 2013年設立。
秋田県公文書館 - 1993年設立。
山形県公文書センター - 2015年設立。
宮城県公文書館 – 2001年設立。
福島県歴史資料館 - 1970年設立。
茨城県立歴史館 - 1973年設立。(博物館としての機能も有している)
栃木県立文書館 - 1986年設立。
群馬県立文書館 - 1982年設立。
埼玉県立文書館 - 1975年設立。
千葉県文書館 - 1988年設立。
東京都公文書館 - 1968年設立。
神奈川県立公文書館 - 1993年設立。
新潟県立文書館 - 1992年設立。
富山県公文書館 - 1987年設立。
福井県文書館- 2003年設立。
長野県立歴史館 - 1994年設立。
岐阜県歴史資料館 - 1977年設立。
静岡県歴史的文書閲覧室 - 2009年設立。
愛知県公文書館 - 1986年設立。
三重県総合博物館 - 2014年設立。(博物館に併設)
滋賀県県政史料室 - 2008年設立。
京都府立総合資料館 - 1963年設立。
大阪府公文書館 - 1985年設立。
兵庫県公館県政資料館 - 1985年設立。
奈良県立図書情報館 - 2005年設立。
和歌山県立文書館 - 1993年設立。
香川県立文書館 - 1994年設立。
徳島県立文書館 - 1990年設立。
鳥取県立公文書館 - 1990年設立。
岡山県立記録資料館 - 2005年設立
広島県立文書館 - 1988年設立。
山口県文書館 - 1959年設立。日本で最初の文書館。
福岡共同公文書館 - 2012年設立。福岡市と北九州市を除く福岡県内全地方公共団体共同で設置・運営。
佐賀県公文書館 - 2012年設立。
大分県公文書館 - 1995年設立。
宮崎県文書センター -
沖縄県公文書館 - 1995年設立。

<政令指定都市公文書館>
札幌市公文書館 - 2013年設立。
川崎市公文書館 - 1984年設立。
相模原市公文書館 - 2014年設立。
静岡市公文書館 – 1994年設立
名古屋市市政資料館- 1989年設立。 建物は国の重要文化財。
大阪市公文書館 - 1988年設立。
神戸市文書館 - 1989年設立。
広島市公文書館 - 1977年設立。
北九州市立文書館 - 1989年設立。
福岡市総合図書館 - 1996年設立。
熊本市歴史文書資料室 - 2004年設立。


その他市町村単位の公文書館もあります。公文書館には資料の収集、整理、研究の専門職としてアーキビストが置かれています。

「岡山県立記録資料館」の日常の活動の一例を昨年2016年に当blogにupさせて頂きました。

http://ironbridge-uk.blog.so-net.ne.jp/2016-06-30


「公文書館」というと、何だか〝行政に関わる難しい文書〟を想定します。そうですねぇ、最近では議事録を公開するのしないのと大騒ぎがありましたよねえ!?

そういった政治絡みの生々しいお話は置いといて、地方の「公文書館・記録資料館」は地元密着の素晴らしい活動をされています。

そのごく一部をご紹介します。当地・岡山県も岡山市・倉敷市等、県の南部は人口はフラットですが、その他の地域はご多分に漏れず過疎化の波を真面に喰らっています。


そこに注目したのが「思い出の学び舎のきろく」です。担当された館の職員の方の心意気を感じます。

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昔々は「高等学校」をその地域に作る事が、地域の「誇り」でありました。自治体と地域がすったもんだと長い年月をかけ、やっとの思いで「高等学校」が創設されました。それから数十年経過。今では過疎化の波を諸に受け、今や「廃校」となっています。

このような時代の流れを、まさに公文書・記録資料化〟する仕事を地道にやっておられます。その活動の一部をブリーフでご覧頂きたいと思います。

[表面]
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[裏面]
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「岡山県立記録資料館」ではこの活動結果を10月21日(土)まで展示していますので、是非足をお運びください。




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備前・旭川の憂鬱 (「初秋の岡山・西川緑道公園」17-44) [日記・雑感]

初秋の岡山・西川緑道公園:Nishigawa Canal Walk を、北の端から南へ桃太郎大通り(岡山駅前通り)を越えて少し歩いて来ました。

さすがに汗は出ますが、流れるようなことはなく、微風が心地よいといった感じです。

先ず北の端です。以前にも紹介しました紅梅・白梅のある場所です。新幹線の岡山駅の東京方向からの進入路が見えますが、注意しないと判別できないと思います。

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少し下ると、なんとなんと「アオサギ」が水面を狙っています。

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少し近付いてみましたが気にしません。

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そういえば今春「吉備路文学館」を訪問した時、屋根の上に留まっていたのがこの「アオサギ」です。リンクを張り付けておきます。〝http://ironbridge-uk.blog.so-net.ne.jp/2017-04-18

この直ぐ下流は、急に川幅が狭くなりまして、また大木の根っこが川の流れを遮る形になっていますので流れが〝急〟になっています。

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桃太郎大通り(岡山駅前通り)を越えて、少し歩くと「桶屋橋」に来ます。この橋からさらに南の方向を望みますと、都心にしては緑がうっそうとしてる事が判ります。

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さらに南に下ると最近〝ネーミングライツ〟でリノベーションされた「トイレ」が見えます。ソーラーを背負っています。

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このリノベーションに応じた会社は、ソーラーや風力といったグリーンエネルギーの電気工事会社と聞いています。

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トイレは〝綺麗で清潔〟が必須条件です。岡山市は上手い事を考えました。桃太郎大通り(岡山駅前通り)の北側にも旧態然りのトイレが残っていますので期待したいと思います。

このトイレの場所に「西川緑道公園:Nishigawa Canal Walk 」の全体の絵があります。筆者が歩いた北の端から 1.2km の位置になります。

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老化防止の丁度良いウォーキングでした。



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備前・旭川の憂鬱 (「岡山・後楽園の幻想庭園2017」17-43)  [日記・雑感]

この一両日、朝夕が少し、少しだけ涼しくなりました。やっと熱帯夜から解放されそうです。

この少しの涼しさにのって「岡山・後楽園の幻想庭園」に出向きました。8月26日(土)は〝浴衣〟の人は無料入園(未確認)だったせいか、本当に大勢の方々・老若男女を問わず「浴衣」でした。それにしても大勢の人人でした。

岡山・後楽園の公式案内は〝http://okayama-korakuen.jp/〟をご覧ください。

先ず入り口です。

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後楽園の中心的景観を作る「沢の池」越しにみる「延養亭」です。「延養亭」は岡山藩主が後楽園を訪れた時の居間として使われた建物です。当然のことですが、お昼と夜間では全く景観が異なります。

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今回の一押しがこの「折り鶴・光の舞」です。写真が不味いのですが〝公式案内〟にはきれいな写真を見る事が出来ます。折り紙は、電流を流せば発光する「紙」を使用しています。

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今年は園内の芝生の「竹のオブジェ」が配置されています。岡山・瀬戸内市を拠点に活動する竹あかり演出家「竹吉」による竹灯り。大小の竹のオブジェが、広々とした芝生を彩ります。11月に開催の「秋の幻想庭園」でも、やさしい竹あかりの演出が予定されているようです。

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次も今年の企画ものの「風鈴のトンネル」です。

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風鈴には地元の小学生が書いた「夢」が書かれています。あまりの人の多さに通り抜けるのが精一杯でして、内容を確認できませんでした。

園内を流れる水路沿いの景観です。

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園内には広大な「ビアガーデン」もありまして、本当に大勢の入場者でした。チャイナの方々も見受けられました。でも昨年の「夏季・幻想庭園」の方がパフォーマンスは良かったのでは、と思いました。昨年の「幻想庭園」の拙blog を張り付けておきます。

http://ironbridge-uk.blog.so-net.ne.jp/2016-08-08

すこしだけ涼しさを感じる岡山・後楽園の夏季「幻想庭園」でした。




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