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備前・旭川の憂鬱 (「充電式電池」17-47) [日記・雑感]

ここに来て「EV:電気自動車」のお話しが活気づいています。なんだかんだと云っても「EV」は「電池」で動きますので、子供用のトミカのおもちゃと同じです。ちょっと言い過ぎではありますが...

B787が飛び始めて早々補助電源の「リチュームイオン電池」が焼けて大騒ぎになりました。過充電を制御する電子回路に問題がある事が判りました。またサムソン社製のスマホの「リチュームイオン電池」も航空機内や電車内で発火したりしています。

もっとも筆者のシャトル・ハイブリッド、5年前に購入の電池は「ニッケル水素電池」です。当時は技術的にもコスト的にも「リチュームイオン電池」は時期尚早だったのでしょう。

技術は犠牲を出しながら、それでも一歩一歩前進するのだと思います。


筆者は〝環境〟に特別の思い入れはありませんが、日本の文化である「もったいない」は常に心掛けているつもりです。勿論完璧ではありませんし、環境保護活動をされている方々からは噴飯ものと批判されかも知れません。

10数年前から筆者は「充電式電池」を使用しています。当時はあの〝三洋電機〟が「ニッケル水素電池」の充電式電池を商品名「ENELOOP」で販売していました。当時はSONYも販売していましたが、新幹線が大垣付近を走ると巨大なソーラーPVの展示を嫌というほど見せられていたせいで(笑) 「ENELOOP」に統一し使用してきました。

同じ「ニッケル水素電池」でも、ENELOOPの充電器でSONYは充電できません。逆もあります。当時は充電器の規格が統一されていなかったのでしょう。

最近はPanasonicブランドになっていまして、商品名「EVOLTA」です。この「EVOLTA」は旧「ENELOOP」の充電器で充電可能です。

充電式電池_up.JPG


「ニッケル水素電池」の電圧は〝1.2 V〟でして、従来のアルカリ乾電池等は〝1.5 V〟です。これが意外に問題なのです。

筆者の電子辞書には、環境選定がありまして〝乾電池〟と〝充電地〟を選択するようになっています。購入当初この設定がある事を知りませんでした。その結果「充電池」を入れると、充電直後にも拘わらず電池の残量が75%程度を示しました。

「ニッケル水素電池」はやはり動力系の用途に向いています。子供のおもちゃは最適です。時計は未だ使用していません。なぜならば、取説に〝1.5 V〟を使用せよ!と記載されているからです。

トイレ」や「人間感知センサー」は普通のアルカリ電池で5年程度は働きますので、高価な充電池を装着すべきか否か判断が必要です。


円筒状の一般的に家庭で使う電池は、夫々の用途で〝単一/単二/単三/単四〟と大きさが異なります。充電池は「単三」がほとんどです。ですから庭の農薬散布機は「単一」、旧式のアナログ時計は「単二」、子供のおもちゃも「単二」が散見されます。この場合それぞれの大きさに合わせる「アダプター」が市販でありますので、これを購入するしかありません。

困るのが「単四」です。これに執着する場合、単独で「単四」の充電池を購入するしか、他に方法がありません。

ところがです。この「単四」は、蓄電容量が少なく、筆者の持っている「ENELOOP」は〝750 mAh〟です。

「単三」の蓄電池はフォトでもご覧いただけるように〝1,900 mAh〟です。ですから「単四」は場合によっては、アルカリ電池の方がコスパいいのでは、と思っています。


今後、自動車の動向が世の中の「蓄電池」の方向を決めそうです




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備前・旭川の憂鬱 (「初秋の岡山・西川緑道公園の続き(南側)」17-46)  [日記・雑感]

初秋の岡山・西川緑道公園:Nishigawa Canal Walk を、北の端から南へ桃太郎大通り(岡山駅前通り)を越えて少し歩いた所までを、当blog〝http://ironbridge-uk.blog.so-net.ne.jp/2017-09-03〟でご紹介しました。

今日9月21日(木)は午後時間が取れましたので、西川緑道公園の続きで〝南側〟を歩きました。大凡1kmです。ウォーキングにはもの足りませんが、散策でしたら丁度いい距離と思います。

今日は台風18号の残した湿気はとっても秋の爽やかさとは縁遠いものでして、少し歩くと汗ばむ陽気でした。

先ずは今日の出発地点です。尖がり屋根の建物は「交番」です。ここはJR岡山駅より後楽園方向、東側へ400mほどの地点です。

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ここから直ぐ南側に「桶屋橋」があります。この橋から下流の南側を見たフォトです。

NCW_2_up.JPG


「桶屋橋」からさらに少し下った所に川に降りる少し広い石段があります。台風18号の影響で水が濁っています。通常は水も綺麗でして、コイや白鳥・アヒルの餌やりができます。

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この辺りは西川(にしがわ)散策のの中心でして、川辺にはストリート・ミュージシャンや素人・学生がパフォーマンスができるこじんまりとしたウッドステージが準備されています。

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本日歩く案内板をご覧ください。

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この案内板の向かい側辺りに、川の水流が直接当たらない〝くぼみ〟があります。もっともこの西川(にしがわ)には、数ヵ所同様の〝くぼみ〟が大小取り交ぜて準備されています。水が濁っていまして水中が見えませんが、黒色のコイが数匹確認できます。勿論、紅白のコイもいます。

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さらに南の方向に下りますと、川をまたいで西側に「下石井公園」があります。この辺りの西川(にしがわ)には東屋と川面を覆い渡ることのできる幅広の橋がダブルで格子状に配置してあります。東屋では暫くの休憩ができます。

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この「下石井公園」では毎年「おかやま国際音楽祭」が10月に開催されます。筆者のお気に入り
〝ジャズ・アンダー・ザ・スカイ vol.6〟でして、今年は10月7日(土)17:00から〝ケイコ・リー/TOKU/SHANTI〟の方々の演奏が「タダ」で聞けます。毎年2,000人ほどが参加しています。

詳細はHPがありますので、linkを貼付しておきます。〝http://okayama-sc.jp/oimf/2017/

この辺りから下流方向、南側は岡山随一の夜の歓楽街です。その中心「田町橋」の辺りはさすが彼岸でして〝彼岸花〟が咲いていました。

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さらに下りますと、フォトで確認頂けるような「岩と水流」のモニュメントがあります。最上段は散策路、直ぐ下は水路でして川へオーバーフローさせています。のんびり水の流れを見ると癒しになりますね。

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この下流に「ほたるのみち」があります。6月ごろには本当のホタルを見る事ができるそうです。筆者は未だ見ていません。

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雰囲気的にはホタルが出そうですね。この辺りで「西川緑道公園:Nishigawa Canal Walk」は終わりとなります。ここで旧国道2号線とクロスします。西川(にしがわ)はここで「ト字状」に二股に分かれます。直進側は「枝川」と呼んでいます。この枝川は西川(にしがわ)と同様、500mの間、散策可能です。その入り口のフォトをご覧下さい。

NCW=12_up.JPG


岡山に観光出張で来られた方々は「岡山・後楽園」だけでなく、是非「西川緑道公園:Nishigawa Canal Walk」を散策ください。




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備前・旭川の憂鬱 (「岡山県立記録資料館の活動」17-45) [日記・雑感]

1年以上前、当blogに「岡山県立記録資料館」の日常の活動をupしました。最近、またまた興味深い活動をされていまして、これに注目しました。

その前に「記録資料館」とは何ぞや!?チョット調べてみました。

<国立機関>
国立公文書館 - 1971年設立。
国立公文書館アジア歴史資料センター - 2001年設立。
防衛省防衛研究所図書館史料閲覧室 - 2001年設立。
外務省外交史料館 - 1971年設立。
国文学研究資料館アーカイブズ - 1951年設立。
宮内庁書陵部 - 1869年設立。

<都道府県公文書館>
北海道立文書館 - 1985年設立。
青森県公文書センター - 2013年設立。
秋田県公文書館 - 1993年設立。
山形県公文書センター - 2015年設立。
宮城県公文書館 – 2001年設立。
福島県歴史資料館 - 1970年設立。
茨城県立歴史館 - 1973年設立。(博物館としての機能も有している)
栃木県立文書館 - 1986年設立。
群馬県立文書館 - 1982年設立。
埼玉県立文書館 - 1975年設立。
千葉県文書館 - 1988年設立。
東京都公文書館 - 1968年設立。
神奈川県立公文書館 - 1993年設立。
新潟県立文書館 - 1992年設立。
富山県公文書館 - 1987年設立。
福井県文書館- 2003年設立。
長野県立歴史館 - 1994年設立。
岐阜県歴史資料館 - 1977年設立。
静岡県歴史的文書閲覧室 - 2009年設立。
愛知県公文書館 - 1986年設立。
三重県総合博物館 - 2014年設立。(博物館に併設)
滋賀県県政史料室 - 2008年設立。
京都府立総合資料館 - 1963年設立。
大阪府公文書館 - 1985年設立。
兵庫県公館県政資料館 - 1985年設立。
奈良県立図書情報館 - 2005年設立。
和歌山県立文書館 - 1993年設立。
香川県立文書館 - 1994年設立。
徳島県立文書館 - 1990年設立。
鳥取県立公文書館 - 1990年設立。
岡山県立記録資料館 - 2005年設立
広島県立文書館 - 1988年設立。
山口県文書館 - 1959年設立。日本で最初の文書館。
福岡共同公文書館 - 2012年設立。福岡市と北九州市を除く福岡県内全地方公共団体共同で設置・運営。
佐賀県公文書館 - 2012年設立。
大分県公文書館 - 1995年設立。
宮崎県文書センター -
沖縄県公文書館 - 1995年設立。

<政令指定都市公文書館>
札幌市公文書館 - 2013年設立。
川崎市公文書館 - 1984年設立。
相模原市公文書館 - 2014年設立。
静岡市公文書館 – 1994年設立
名古屋市市政資料館- 1989年設立。 建物は国の重要文化財。
大阪市公文書館 - 1988年設立。
神戸市文書館 - 1989年設立。
広島市公文書館 - 1977年設立。
北九州市立文書館 - 1989年設立。
福岡市総合図書館 - 1996年設立。
熊本市歴史文書資料室 - 2004年設立。


その他市町村単位の公文書館もあります。公文書館には資料の収集、整理、研究の専門職としてアーキビストが置かれています。

「岡山県立記録資料館」の日常の活動の一例を昨年2016年に当blogにupさせて頂きました。

http://ironbridge-uk.blog.so-net.ne.jp/2016-06-30


「公文書館」というと、何だか〝行政に関わる難しい文書〟を想定します。そうですねぇ、最近では議事録を公開するのしないのと大騒ぎがありましたよねえ!?

そういった政治絡みの生々しいお話は置いといて、地方の「公文書館・記録資料館」は地元密着の素晴らしい活動をされています。

そのごく一部をご紹介します。当地・岡山県も岡山市・倉敷市等、県の南部は人口はフラットですが、その他の地域はご多分に漏れず過疎化の波を真面に喰らっています。


そこに注目したのが「思い出の学び舎のきろく」です。担当された館の職員の方の心意気を感じます。

OPA_1 up.jpg


昔々は「高等学校」をその地域に作る事が、地域の「誇り」でありました。自治体と地域がすったもんだと長い年月をかけ、やっとの思いで「高等学校」が創設されました。それから数十年経過。今では過疎化の波を諸に受け、今や「廃校」となっています。

このような時代の流れを、まさに公文書・記録資料化〟する仕事を地道にやっておられます。その活動の一部をブリーフでご覧頂きたいと思います。

[表面]
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[裏面]
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「岡山県立記録資料館」ではこの活動結果を10月21日(土)まで展示していますので、是非足をお運びください。




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備前・旭川の憂鬱 (「初秋の岡山・西川緑道公園」17-44) [日記・雑感]

初秋の岡山・西川緑道公園:Nishigawa Canal Walk を、北の端から南へ桃太郎大通り(岡山駅前通り)を越えて少し歩いて来ました。

さすがに汗は出ますが、流れるようなことはなく、微風が心地よいといった感じです。

先ず北の端です。以前にも紹介しました紅梅・白梅のある場所です。新幹線の岡山駅の東京方向からの進入路が見えますが、注意しないと判別できないと思います。

NCWa_up.JPG


少し下ると、なんとなんと「アオサギ」が水面を狙っています。

西川アオサギup.JPG


少し近付いてみましたが気にしません。

西川アオサギアップup.JPG


そういえば今春「吉備路文学館」を訪問した時、屋根の上に留まっていたのがこの「アオサギ」です。リンクを張り付けておきます。〝http://ironbridge-uk.blog.so-net.ne.jp/2017-04-18

この直ぐ下流は、急に川幅が狭くなりまして、また大木の根っこが川の流れを遮る形になっていますので流れが〝急〟になっています。

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桃太郎大通り(岡山駅前通り)を越えて、少し歩くと「桶屋橋」に来ます。この橋からさらに南の方向を望みますと、都心にしては緑がうっそうとしてる事が判ります。

西川桶屋橋up.JPG


さらに南に下ると最近〝ネーミングライツ〟でリノベーションされた「トイレ」が見えます。ソーラーを背負っています。

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このリノベーションに応じた会社は、ソーラーや風力といったグリーンエネルギーの電気工事会社と聞いています。

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トイレは〝綺麗で清潔〟が必須条件です。岡山市は上手い事を考えました。桃太郎大通り(岡山駅前通り)の北側にも旧態然りのトイレが残っていますので期待したいと思います。

このトイレの場所に「西川緑道公園:Nishigawa Canal Walk 」の全体の絵があります。筆者が歩いた北の端から 1.2km の位置になります。

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老化防止の丁度良いウォーキングでした。



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備前・旭川の憂鬱 (「岡山・後楽園の幻想庭園2017」17-43)  [日記・雑感]

この一両日、朝夕が少し、少しだけ涼しくなりました。やっと熱帯夜から解放されそうです。

この少しの涼しさにのって「岡山・後楽園の幻想庭園」に出向きました。8月26日(土)は〝浴衣〟の人は無料入園(未確認)だったせいか、本当に大勢の方々・老若男女を問わず「浴衣」でした。それにしても大勢の人人でした。

岡山・後楽園の公式案内は〝http://okayama-korakuen.jp/〟をご覧ください。

先ず入り口です。

DSCentrance‗up.JPG


後楽園の中心的景観を作る「沢の池」越しにみる「延養亭」です。「延養亭」は岡山藩主が後楽園を訪れた時の居間として使われた建物です。当然のことですが、お昼と夜間では全く景観が異なります。

沢の池越し延養亭up.JPG


今回の一押しがこの「折り鶴・光の舞」です。写真が不味いのですが〝公式案内〟にはきれいな写真を見る事が出来ます。折り紙は、電流を流せば発光する「紙」を使用しています。

折り鶴up.JPG

折り鶴解説up.JPG


今年は園内の芝生の「竹のオブジェ」が配置されています。岡山・瀬戸内市を拠点に活動する竹あかり演出家「竹吉」による竹灯り。大小の竹のオブジェが、広々とした芝生を彩ります。11月に開催の「秋の幻想庭園」でも、やさしい竹あかりの演出が予定されているようです。

光オブジェa_up.JPG

光オブジェb_up.JPG


次も今年の企画ものの「風鈴のトンネル」です。

風鈴a_up.JPG

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風鈴には地元の小学生が書いた「夢」が書かれています。あまりの人の多さに通り抜けるのが精一杯でして、内容を確認できませんでした。

園内を流れる水路沿いの景観です。

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園内には広大な「ビアガーデン」もありまして、本当に大勢の入場者でした。チャイナの方々も見受けられました。でも昨年の「夏季・幻想庭園」の方がパフォーマンスは良かったのでは、と思いました。昨年の「幻想庭園」の拙blog を張り付けておきます。

http://ironbridge-uk.blog.so-net.ne.jp/2016-08-08

すこしだけ涼しさを感じる岡山・後楽園の夏季「幻想庭園」でした。




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備前・旭川の憂鬱 (「よくわからない警告表示」17-42) [日記・雑感]

今朝からヘリコプターが頭上を舞っています。遠くにシュプレヒコールが聞こえます。東京勤務時代は国会通りが近くにありましたので、それほど気にしたことはありません。〝日常の内〟でした。

さすがに地方都市ですと、なんじゃろな!?と思います。そういえば2週間ぐらい前から、市街地の幹線道路に「立看」を見ました。あれかあ!!

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これは岡山市で恒例の日教組大会が2日間の日程で開催されます (TV地方ニュースで確認)。すると「真正右翼」殿が大暴れするので警察もそれなりに準備します。それゆえ県民・市民の皆様気を付けて下さい!という警告の立看でした。何分〝主語〟のない文章ですから想像するしかありません。


それにしても彼ら・両者とも凝りませんね。ここ何十年の間、日本各地で同じ事を繰り返しています。漫画の「トムとジェリー」ですね(笑)。

もっとも「トムとジェリー」は、日教組vs右翼、だけではありません。

国会も同じです。北朝鮮も同じです。パレスチナも同じです。アフガンも同じです。人種差別も同じです。なーんにも変われません。同じことを繰り返しているだけです。この閉塞感が〝I S I L〟のようなテロを生むのだな、と考えてしまいました。

本当は少しずつ人間・ホモサピエンスは進化していると思っています。進化は「鋸歯状波」で凸凹があったり、上昇したり下降したり、で〝徐々に向上〟していると思っています。筆者はそれほど悲観はしていません。



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備前・旭川の憂鬱 (「民族性ジョーク」17-41)  [日記・雑感]

お盆のお休み中の地方紙の一面のコラムに「民族性ジョーク」に関するお話が記載されていました。日常的に新聞・TV等mediaは〝fake news〟ばかり流しているので、ほとんど見ないし、読みません。

でもこのコラムはマアマアと思いました。何故ならば日本国・日本人の生き方を〝肯定的〟に発信しているからです。

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日本人の地道な研究に賞賛を送っていますよね!mediaもやればできるではありませんか。

実は筆者は名古屋市在住の2006年6月3日(期日は写真で確認)、岐阜県可児市にある「花フェスタ記念公園」へ出向きました。この時、サントリーさんが出品していました所謂〝blue rose〟を見ました。

〝blue rose〟は英語で「ありえないもの」「不可能」を意味する語句です。

その時の感想は〝相当無理して造った〟ので、青色と云ってもそれほど綺麗ではありませんでした。その時の写真を探したのですが紛失しています(残念)。

所が最近は本当に鮮やかな青色を実現しています。勿論企業ですから「青色」そのものに興味はなく、遺伝子組み換えの技術の進化・実用化が目的でしょう。


「民族性ジョーク」で筆者が初めて知ったのは、確か高校生の時と思います。それは

【イギリス人】は歩きながら考える。
フランス人】は考え終わると走り出す。
【スペイン人】は走り終わってから考える。

これは有名でして、思想家でもあり元国際連盟スペイン代表を務めた故マダリアーガ(Salvador de Madariaga)さんの言だそうです。

ついでにその他の国民性を探してみました。

【ドイツ人】はみんなが走り始めると走り出す。
【イタリー人】は情熱で走り出す。
【ロシア人】はウオッカのために走り出す。
【日本人】は他の人が歩いているか確認してから歩き出す。

もっと正確に言うと、

【日本人】は他の人が歩いて無事上手くいったのを見届けた後一斉に走り出す。他の人が歩いたことのない道は迷いに迷う。

そうです。〝失われた20年〟を的確に表現していますね、残念ですが。


日本は「民族性ジョーク」が指摘するように、今後とも研究開発に重きを置くしか生きる道は無いと思います。世界が見て「日本人がいないと上手く行かない」と思わせる技術立国を目指したいと思います。

幸いノーベル賞レベルの技術は育つ土壌はありますので、後は政府や企業がどれだけ研究開発に「お金」を配分するかにかかっています。チャイナが論文数で圧倒的に伸びていますが、世界的評価は論文がどのくらい引用・参照されたかにかかっています。

STAP細胞ももう少し大らかに見れば、肯定的な展開も期待できたのに、と残念に思います。


実は筆者も技術屋の端くれでした。30年以上前、チョットした事で海外の学会でその年の〝best paper〟を頂きました。その後、国内でも某出版社が主催する会で賞を頂きました。その頃は論文の引き合いや見学が海外から多くありました。

このように技術を発信できれば、日本は今後とも〝世界でなくてなならない存在〟として一目置かれます。

メンドクサイ世の中ですが、日本の生きる道は、兎に角頑張って行くしかありません。



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備前・旭川の憂鬱 (「真夏の烏城 (うじょう:岡山城)」17-40)  [日記・雑感]

今年に夏も33℃以上の猛暑が続きます。筆者も現役時代には、東南アジアやブラジルにかなりの回数出張していますが〝暑さ〟においては「真夏」の日本の暑さに勝る国はありません。

お盆の休みに愚息が帰省しました。消費が伸びない、GDPが「+2%」を達成できないと問題視されていますが、愚息は〝ハイ・アマチュア〟と称するカメラファンが保有する高級カメラ?を持って帰りました。個人消費に大いに貢献?したと思います(笑)。

それなら!と筆者の保有する〝コンディジ〟とどこが違うのか比較することになりました。くそ暑いのに愚息は街に出向きました。筆者はエアコンの部屋で〝夏籠り〟です。

カメラのグレードに注目していましたが、映写の腕を忘れていました。さすがに「腕」は愚息が文句なしに上手である事が露見しました。以下ご覧いただく「岡山・烏城」は大幅に画像圧縮してup-loadしました。それでも腕の違いは隠しようがありません。

最初に岡山・後楽園の南側から、岡山・烏城の北側を撮影したものです。

夏の烏城aup.JPG


お城よりも〝夏の雲〟に注目下さい。

次に岡山・烏城を木々の間から撮影したものです。

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これなんか、展覧会によくありそうな構図です。

最後に旭川(あさひがわ)に映った上下シンメトリーの構図もご覧ください。

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〝たかが写真〟と、たかをくくっていましたが、何事にも原理原則があるんだなあ!と納得しました。



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備前・旭川の憂鬱 (「髭の隊長・佐藤 正久 外務副大臣」17-39)  [日記・雑感]

何やら北の独裁者が大騒ぎをしています。でも日本人は筆者も含め「軍事」には極端に疎いです。そのような教育を受けて来なかった〝成果〟が顕れています。

北の暴走に一体全体、何を、どのように対応すればいいのか!?どのように恐れなければならないのか!?よく判りません。

国会もmediaも、相も変わらず〝モリ・カケ〟〝防衛省記録〟ばかりです。

と思っていましたら「髭の隊長・佐藤正久 外務副大臣」が〝12連発〟のTwitterを投稿されました。短文の切り継ぎで少々読み辛いのですが、全文をコピペします。

要するに、日本国には「憲法」も「法律」も整備されていないので、自衛隊の攻撃できる範囲は限定的であります。

さらに最近の〝安保法制〟で改善された所もあるが、国会の承認がなければ自衛と云えども攻撃できない、との事。国会の承認を待っていたら、その間で日本国は敵のミサイルやその他の武器で攻撃されてしまう、という事になります。

現在の日本国の法体系では〝日本国民の安全は守れない!〟という事です。


【外交防衛視点:北朝鮮ミサイル、グアム攻撃検討①】
北朝鮮の意図は?米国対話目的の瀬戸際外交・挑発行為、厳しい国連安保理決議や今月中旬の米韓合同演習への反発、ミサイル実験目的等種々の報道があるが、北朝鮮意図の断定は困難でありやや危険。危機管理上、外交に加え、各種状況への備えが必要

【外交防衛視点:北朝鮮ミサイル、グアム攻撃検討②】
今回の北朝鮮発表の特徴(その1:グアムを対象)。グアムは、日本に最も近い米軍基地がある米国領。人口約16万人、北朝鮮に脅威である戦略爆撃機B-1、B-2、B-52がローテーション配備されるアンバーセン空軍基地やアプラ海軍基地所在

【外交防衛視点:北朝鮮ミサイル、グアム目標検討③】
今回の北朝鮮発表の特徴(その2:火星12号同時4発射撃)
火星12号は5月14日にロフテッド射撃成功。射距離的にはグアム到達は可能だが、ミニマムエナジー射撃での弾頭大気圏再突入技術は未確認。4発同時・同目標射撃は、迎撃はより困難

【外交防衛視点:北朝鮮ミサイル、グアム目標検討④】
今回の北朝鮮発表の特徴(その3:射程等が詳細)
射程3356.7km、飛行時間1065秒、グアム周辺30〜40kmの海上に着弾と予告。特に射程がコンマ7とか飛行時間が秒単位、一方目標誤差が10km単位故に、信憑性が高いとの指摘も

【外交防衛視点:北朝鮮ミサイル、グアム目標検討⑤】
今回の北朝鮮発表の特徴(その4:目標はグアムの領海外)
グアム島沖30〜40km海域は米国の領海外。口撃では米国を挑発しても、米国の領土領海には落とさないというメッセージが含まれている可能性も。即ち軍事と外交的側面を考慮?

【外交防衛視点:北朝鮮ミサイル、グアム目標検討⑥】
今回の北朝鮮発表の特徴(その5:島根県等名指し)
島根県、広島県、高知県上空を通過と敢えて公表。日米同盟を意識した可能性も。先のテポドン2の沖縄通過予告時は、万が一に備え、外交に加え、迎撃態勢と国民保護、被害復旧の態勢を構築

【外交防衛視点:北朝鮮ミサイル、グアム目標検討⑦】
北朝鮮発表の特徴(その6:火星12型が日本上空通過)
火星12型は一段ロケット、グアム島まで飛べば、ブースターは日本とグアム間の太平洋上に落下。ただ 4発のうち数発の弾頭やブースターが、不具合等により日本領域落下はゼロではない

【外交防衛視点:北朝鮮ミサイル、グアム目標検討⑧】
国民保護は警報伝達と迅速な避難が鍵。北朝鮮ミサイル発射情報が米国から自衛隊・官邸に伝達され、島根県等上空を通過の可能性がある場合、消防庁からJアラートで関係市町村の防災無線を起動して警報、携帯電話に緊急メール送付。屋内避難措置

【外交防衛視点:北朝鮮ミサイル、グアム目標検討⑨】
米国の迎撃態勢と避難措置。グアムにTHAADを配備。当然、グアム島に加え、テニアン島やサイパン島防衛の為、グアム北西へのイージス艦展開に加え、ミサイルの軌道を追う為のイージス艦を日本南側の太平洋に展開の可能性。避難マニュアル配布

【外交防衛視点:北朝鮮ミサイル、グアム目標検討⑩】
日本による迎撃の法的可能性(その1)。破壊措置命令が下令時は、日本の領域(領海、領土)に弾頭やブースター、エンジン等が落下する可能性がある場合、迎撃可能。ただし、領海の外の接続水域や排他的経済水域に落下の場合、迎撃は不可能

【外交防衛視点:北朝鮮ミサイル、グアム目標検討⑪】
日本による迎撃の法的可能性(その2)。存立危機事態が認定され、自衛隊に防衛出動下令時は、日本上空を通過するミサイルを迎撃する事は能力はともかく法理論上は可能な場合もある。ただ、事態認定の三要件を満たす必要性と国会の承認が必要

【外交防衛視点:北朝鮮ミサイル、グアム目標検⑫】
日本の迎撃能力。PAC-3もイージス艦も、ミサイルのターミナル段階での迎撃能力は実証済。一方、打ち上げ当初のブースト段階での迎撃は困難。グアム島付近が目標の場合、小笠原諸島周辺ならともかく、日本海に展開のイージス艦による迎撃は困難


「文民統制」と云っても、やはり現場を経験された〝自衛官〟が国会に議席を持つ意味がよく判ります。



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備前・旭川の憂鬱 (「〝中国〟と〝中国〟」17-38) [日記・雑感]

西日本にある「中国地方」に在住している筆者は、いわゆる「中華人民共和国」を「中国」と呼ぶのに抵抗があります。

例えば岡山市に本店を構える「中国銀行」、広島市に本社を持つ「中国新聞社」等、枚挙に暇がありません。中国地方の外では、中国銀行は中華人民共和国の日本の法人ではないかと言われる事もあるようです。

「中国地方」の「中国」の由来についての理解は以下のようなものです。

10世紀ごろ、「律・令・格・式」という〝法体系〟が出来上がりました。その中の「延喜式」という法律で、全国の国を都からの距離に応じて畿内、近国、中国、遠国に分け、公文書の提出期限などを分けていました。

「延喜式」とは平安時代の法令集の50巻で三代式の一つです。延喜5 (905) 年,左大臣藤原忠平らが醍醐天皇の命令により編集し、延長5 (927) 年完成。『弘仁式』『貞観式』をはじめ,古代政府の根本法令を補う形でその後発布された施行細則を集大成したものです。

その分類表は以下の通りでして、超概略の地図で当時の畿内、近国、中国、遠国を示します。

旧国up.jpg


『畿内』:
山城、摂津、和泉、河内、大和

『近国』:
若狭、美濃、尾張、三河、伊賀、伊勢、志摩、近江、丹後、丹波、但馬、播磨、淡路、紀伊、備前、美作

『中国』:
越中、加賀、能登、越前、甲斐、信濃、飛騨、遠江、駿河、伊豆、因幡、伯耆、出雲、備中、備後、阿波、讃岐

『遠国』:
陸奥、出羽、常陸、下野、上野、武蔵、上総、下総、安房、相模、越後、佐渡、隠岐、石見、安芸、長門、
周防、伊予、土佐、筑前、筑後、肥前、肥後、壱岐、対馬、豊前、豊後、日向、大隅、薩摩

つまり〝中国とは「都から中程度離れている国」という意味〟です。

ですから都から西の方だけでなく、東の方―中部地方の一部―も含みます。さらに西の方でも、島根、広島の一部や山口県を含まず、香川、徳島を含み、現在の中国地方とはずれがあります。

しかし、この「中国」が中国地方のもともとの語源であることは間違いないと思います。

ただ、中国地方という単語がいつから使われたか、なぜこの名前が採用されたかはちょっとわかりませんでした。

なお、延喜式についての記述などについて、「戸田孝の雑学資料室」 http://nanyanen.jp/ を参考にしまた。


では彼の国〝中華人民共和国:People's Republic of China〟は何故に〝中国〟と呼ぶのでしょうか。前にも紹介させて頂きました、茂木 誠著「世界史で学べ!地政学」から引用します。

「中国」は「世界の中心」、そして「中華」は「世界の中心の文化地帯」を意味する言葉で、具体的には〝漢字・漢文を使用する地域〟の事です。特定の民族を表わす概念ではありません。

秦の始皇帝による最初の統一から、清朝最後の宣統帝まで、2,100年続いた中国王朝 <秦・漢・隋・唐・宋・元・明・清> の内、漢民族が建てたのは <秦・漢・宋・明> だけです。隋・唐の支配階級は鮮卑という遊牧民でした。2,100年の内、半分は北方民族が中国を支配したことになります。

幸いにも日本国は中国王朝の属国になった事はありません。


以上でお判り頂けると思いますが、中国地方在住の筆者は、日本語での「中国」は中国地方の「中国」です(断じて)。

そして「中華人民共和国」は絶対に「中国」ではなく英語等の国際標準に照らして「チャイナ」と呼び、記載します。どうしても漢字を使う場合は「中共」でしょうか。今後も拘りたいと思います。




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